歴史の中では、ほとんどの人が知らないようなアッと驚く面白い雑学がたくさん潜んでおります。
本記事では、日本・世界の歴史の中で会話の中で役に立つ面白い歴史の雑学をまとめてみました!
もちろん人気な戦国時代の雑学もありますので、これらを覚えて、クイズに出したり、知識を披露したりと誰かにアッと言わせてみてください!笑
国歌「君が代」は日本人作ではない?
もともと「君が代」は、古今和歌集の一部を元歌としていることは良く知られています。
明治3年ごろイギリスのフェントンが日本にも国家が必要と考え古今和歌集に基づき曲を作成しました。
しかし、あまり評判が良くなく明治13年宮内省雅楽課で作成し直し、さらにそれを海軍にいたドイツ人のエッケルトンたちが修正を加えて今の国歌ができたのです。
日本の国歌に二人の外国人が携わっていたとは驚きですね。
君が代には幻の2番がある?
最初の項目でも紹介した国歌ですが、文部省が明治21年に発行した『小学唱歌集初編』に掲載されている歌詞では、現在歌われているものよりも長く、幻と言われる2番が存在するのです。
その2番がこちら↓
君が代は千尋の底のさざれ石の鵜のゐる磯とあらはるゝまで かぎりなき御世の栄をほぎたてまつる
これを今までに歌ったことのある人は一体何人いるのでしょうか・・・
「国敗れて山河あり 城春にして草木深し」は間違いである?
これは杜甫の有名な漢詩「春望」の一節ですが、実は間違いなのです。
ではどこが間違いなのでしょうか?
それは国敗れての「敗れる」という個所にあります。
日本では戦いに敗れると領主は交代するが領土や農民はそのままであったため何の問題もないのですが、中国では戦いに負けることは国も都も民もすべて消え去ってしまうため正しくは「破れる」なのです。
中国の敗北とはなんとも残酷なことであったのですね。
平安貴族の女性が色白でふっくらだったのはなぜ?
平安時代では仏教が深く受け入れられていました。
その思想の一つにあからさまな食欲は脱却すべきという教えがあったのです。
歴史家の樋口清之によると、絵巻物で良く描かれている色白ふっくらの女性は、栄養過多のふっくらではなく、栄養失調でからだがむくんでいたのだといいます。
そのため当然女性の平均寿命は28歳と低かったのです。
これは誤解していた人も少なくないのではないのでしょうか?
ネアンデルタール人は心優しき旧石器人であった?
2万5000年前に絶滅したネアンデルタール人の遺跡はヨーロッパを中心に広い地域で発見されています。
1960年頃イラクのシャニダール洞窟で発掘調査をしたR・ソレッキーらが、その付近で大量の花粉があることを発見しました。
これは、死者を悼み、花をたむける行為があったのだと推測できます。
そのためネアンデルタール人は、家族愛につつまれた優しい人種であったと言えます。
世界最古の都市はどこ?
今となっては無数に存在する都市ですが、最も古くに誕生した都市はどこなのか気になりますよね。
実はシリアのダマスカスがおよそ紀元前8,000年~10,000年に誕生し、最も古い都市とされております。
ダマスカスは遺跡からもその頃に人が定住していたことが知られており、すなわち「世界で最も古くから人が住み続けている都市」でもあります。
日本古来の五重塔の耐久性は高層ビルよりも優れている?
京都の東寺五重塔、奈良の興福寺五重塔などの有名な日本古来の木造塔の耐震性が、現代の高層ビルよりも優れていることが、大阪工業大工学部の教授の調査で分かったのだとか。
塔の振動周期つまりは揺れの往復にかかる時間が、同じ高さの鉄筋コンクリート建造物よりも長く、地震の揺れと共振しにくいためだといいます。
エジプトのピラミッドの件でもそうですが、昔の人はいかに頭が良かったかが伺えます。
元日本首相"伊藤博文"は異常なほど女遊びが激しかった
イギリス留学中に現地の風俗街に入り浸り散財に明け暮れたことや、結婚した後も他の女性との間に子どもができて奥さんと離婚したかと思えばまたその後も料理屋の娘と頻繁に関係を結ぶようになったりと、とにかく女遊びが激しかったとのこと。
女好きが知れ渡りすぎて「ほうき」(掃いて捨てるほど女がいる)とあだ名が付いてしまったほどです。
銀閣寺にはなぜ銀が使われていないのか?
これは、単純に銀箔を貼るお金がなかったからとなります。
当時は応仁の乱が終わった直後で、京都の経済は疲弊していたため予算がなく、当初は銀箔の代わりに全体に黒漆が塗られていたと考えられているようです。
しかし、これには他にいくつか仮説があるようなので真相はまだはっきりしていない部分があるみたいです。
徳川家康が最強と言った武将は?
江戸幕府の初代征夷大将軍である伝説の戦国大名、「徳川家康」が、日本一強い武将だと認めたのが、なんとあの「真田幸村」なのです。
大坂の陣での真田幸村の活躍っぷりは怒涛なものがありました。
現に、徳川家康を切腹寸前まで追い込んだのもこの真田幸村です。
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